2歳半まで無反応…子どもの感情を描くアートアニメの力『アメリと雨の物語』
2026.03.12

第98回米アカデミー賞長編アニメーション賞、第83回ゴールデングローブ賞アニメ映画賞ノミネート。そしてアニメの映画祭である2025年アヌシー国際アニメーション映画祭観客賞を受賞した映画『アメリと雨の物語』。物語の舞台は1960年代の日本。神戸生まれのアメリー・ノートンによる自伝的小説を映画化した本作は、ベルギー人の小さな女の子アメリが日本という異国での暮らしの中で、日本の歴史や大人との関わりで感情を開花させていく姿を柔らかな色合いでのびのびと綴っていくアートアニメーションです。
2歳半まで無反応状態だったアメリから見える世界は摩訶不思議で幻想的。子どもの無限の想像力を刺激する初めての体験や、大人との関わりから感じる感情をアニメーションで見事に表現したのは、高畑勲監督も絶賛したアニメーション映画『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』に参加したマイリス・ヴァラード監督とリアン=チョー・ハン監督。日本語吹き替え版も上映される本作の公開を前に、来日したお二人にアニメーション作りでのこだわりや、親子で見られるアートアニメーションの魅力を伺いました。(聞き手・伊藤さとり/写真・奥野和彦)
写真も残っていない家を、一からアニメで描く

ーー 映画を観た時、日本の情景が見事なことに驚きました。お二人でリサーチに行かれたりしたのですか。
マイリス・ヴァラード監督(以下、マイリス):アートディレクターであるエディン・ノエルさんが日本のことをよく知っていました。彼は共同脚本者でもありますが、彼のパートナーが日本人女性なんです。彼が関西や原作者アメリー・ノートンが当時住んでいた神戸の近くの地域についてのリサーチをし、資料を作ってくれました。当時の動物や植物について調べたり、鳥取の砂浜をモデルとしたシーンでも正確な情報を集めてくれました。家についても日本家屋をリサーチし、アニメの演出上で必要な撮影が出来るような家を考えてくれたんです。日本の家の中に差し込んでくる光の感じなどを一から考えてくれました。というのもアメリー・ノートンが住んでいた当時の家はもう無くなっていて、写真も残っていないので、一から作る必要があったからです。

それと原作者であるアメリー・ノートンについてのドキュメンタリー映画があるのですが、その中でアメリー・ノートンが30年の時を経て、【家政婦のニシオさん】に会いに行く場面などがありました。その作品はアメリーとかなり親しい監督が作った作品でとても参考になりました。そこにはアメリーが幼稚園に行くまでの子ども時代の写真も出てきて、それが唯一、幼い頃の彼女を実際に見ることが出来た写真で、作品作りに役立ちました。
アメリー・ノートンはこの映画の製作には「関わらない」ということで、私たちは自由にやらせて頂きました。
もうひとつ重要な資料として骨董品屋さんで見つけた日本のアルバムがありまして、それは1960年代の日本の名もなき家族の写真なのですが、それも参考になりました。

この映画の時代背景は1960年代なので、今の日本ではないんです。なので古い写真はとても役に立ちました。当時の生活がどんなものであったのかも知ることが出来ましたし、砂浜の写真もありました。あと日本の家ではありますが、中に住んでいるのはベルギーの駐在家庭なので当時使っていたであろうベルギーや西洋から輸入したであろう家具、調度品もこだわって考えました。
リアン=チョー・ハン監督(以下、リアン):アートディレクターのエディン・ノエルさんの仕事は本当に厳密で細かくて、冷蔵庫や掃除機、ピンポンのボタンも、その当時にその地域で使われていたものを調べましたし、虫やトカゲ、イモリ、植物もその時代に生息していたものを調べました。
映画を観てくださった日本人の方の感想で凄く感動したのは「私の子ども時代の日本を思い出した」と言って下さったことです。特に神戸やその近くで育った方々が言ってくれてとても嬉しかったです。
音楽も登場人物のひとり。ニシオさんと「恋のバカンス」

ーー 音楽を担当されているのは、作曲家の福原まりさんです。日本のアーティストを起用されている理由を教えてください。そして選曲が『恋のバカンス』など、日本の懐メロも使用されていますが、それはどなたのアイデアですか。
マイリス:日本のアニメの世界観が私たちは大好きで、その中で音楽というのは大事なものだと思っていたからです。実はこの作品にはパイロット版があるのですが、その時にも福原まりさんにお願いをしたんです。その段階から彼女らしい個性を出してくれると同時に、凄く作品に合ったものを作ってくれていました。その後、予算の問題で“どうしようか?”と考えたのですが、やっぱり福原さんが素晴らしかったので、パイロット版以降も一緒にやってもらいたいと思ってお願いしました。
ちなみに福原まりさんを見つけたのは、エディン・ノエルさんなんです。彼が色々と聞いて『Dark End(ダーク・エンド)』という曲がありました。その音楽が今の【アメリ】に合うと思いました。彼女は製作の最後の数か月で音楽とイメージがピッタリ合うような細かい仕事もやって下さいました。日本の懐メロについては、「恋のバカンス」だけでなく、他にも使いたいものはあったのですが、権利料の関係で諦めることになった楽曲もあります。

リアン:「恋のバカンス」は渡辺音楽出版さんが権利を持っていて、そこのレパートリーの中にザ・ピーナッツさんの楽曲も入っていて、“いいな”と思って選びました。「恋のバカンス」は【家政婦のニシオさん】がよくラジオで聞いている曲で、ある意味、【ニシオさん】を表している曲でもあります。【アメリ】が【ニシオさん】に会う時は、その曲がかかっていて【アメリ】と【ニシオさん】の関係を表す曲でもあります。
マイリス:映画の中の音楽は雰囲気を演出するだけではなく、いろいろなものの象徴にもなっていて、まるでひとりの登場人物くらいに大事なものだと思っています。私たちの映画ではシークエンスごとにテーマが決まっていて、楽器もそれに合わせて選ばれています。水のテーマ、雨のテーマ、チューブのテーマなどがあり、楽器自体もシンボリック的な意味を持っています。
「火垂るの墓」を1週間で6回、世界の監督を育てた日本アニメ

ーー お二人の、一番好きな日本のアニメを教えて下さい。
マイリス:本当に好きなアニメは沢山ありますから難しい質問ですが、『パーフェクトブルー』(監督:今敏)と『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』(監督:宮崎駿)です。あと『この世界の片隅に』(監督:片渕須直)も好きです。
リアン:私も沢山ありますが、子どもの頃に見て印象に残っている3作をあげたいと思います。まず『もののけ姫』、これは1回見た後に1週間で12回見直しました。それから『火垂るの墓』(監督:高畑勲)、この作品見た後に週に6回も見直すぐらいでした。あと『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 追憶編』です。この3作品は私が16歳の時に見た作品です。
父のアニマトロニクス、絵を描く妹の姿が夢の原点に

ーー お二人がアニメーターになろうと思ったきっかけを教えて下さい。
マイリス:アニメーターになろうと思ったきっかけは、子どもの頃に父がアニマトロニクスを作っていて、それを一緒にやっていました。その頃はまだ絵を描いていませんでしたが、人形に命を吹き込むことが楽しくて、そのうちだんだんと絵を描くようになりました。それから演出をつけたりしていくうちに絵コンテ、ストーリーボードを描くようになっていった感じです。絵のアニメーションもやりますが、ストップモーションアニメも凄く身近でやっていました。
リアン:私は絵を描くとか、アニメが最初からやりたかったわけではありません。もちろん日本のアニメを見ながら成長しましたし、日本のゲームも大好きでしたが。
大学の進路を決める18歳の時に、“何をしよう”と考えた時に7歳の下の妹が絵を描くのが好きで、その姿を見た時に“自分もそれをやりたい”と気づいて、18歳の時にデザインの方に進むことを決めました。ただ、描いてみるとずっと描いていた人よりは得意ということはなくって。でもある時アニメーションに出会って、動きや感情の交流みたいなものが凄く面白いと思ったんです。
アニメーションを初めて教えてくれた先生が、「アニメというのは、皆を驚かせる、びっくりさせる、強い印象を与えるものではなく、感動させるものなのだよ」と最初の授業の時に言ってくれたんです。それでアニメに恋に落ちました。
「その人物になりきって描く」子どもに伝えたいアニメーターの心得

ーー アニメーターになるために必要なことを教えて下さい。
マイリス:まずたくさん描くことが大事です。そして動きや仕草、コミュニケーションの様子、喜びの表情、悲しみの表情など色々と観察することが大事です。もちろん、描く練習も凄く大事で、絵を何枚も描いて、絵に生命を与えていくことが大切です。
例えばちょっとした練習として、ボールを跳ねさせて、その動きを見て空間はどうなのか?速さはどうなのか?見て描く練習もあります。物理的な知識だったりも大事だと思います。まとめて言うと本当にデッサンをたくさん描く、そして観察する。そして人を始め、動くものをたくさん描くことが大事だと思います。あと人体の解剖学も凄く大事です。
リアン:観察が一番大事なことだと思います。それと生きているモデルで練習することです。私は若い頃、週に16時間はデッサンモデルでデッサンの練習をしていました。モデルにポーズをとってもらって、それを早く描く練習が必要です。その時に詳細を見るのではなく、ポーズから感じるエネルギー、動きを感じて描くのが大事です。線を描くのではなく、人物の中で何が起こっているのか、動きの原動力、感情の原動力が何かを考えて描くことが、大事だと思います。その人物をただ見て描くのではなく、その中を考えて感じて描くことが大切だと思います。
例えば、痛いというシーンだったら、その登場人物と一緒に自分も痛みを感じながら描く。その人物になりきって、演じるように描く、それが大事だと思います。
ある逸話があって、宮崎駿監督と原画を担当した近藤喜文さんが『未来少年コナン』を作っていた時に、近藤喜文さんが疲れながら描いている絵には、生命が宿っていると言ったそうです。生命を描くことがアニメでは大事で、細かいところは後からついてくるものです。
「心に痕跡を残す」アートアニメをぜひ親子で

ーー 今、日本では漫画原作のアニメが流行しています。しかもアートアニメは若者に浸透していません。アートアニメの魅力は、大人から子供まで観られ深い問題にも触れられるアニメーションだと私は思っていますが、お二人がアートアニメを作る上で大切にしていることはなんですか。
マイリス:「大人にも子どもにわかってもらえるような作品をつくりたい」というのは、私たちにとってもチャレンジでもありました。「皆に届く作品にしたい」と思っていました。しかも、それでいて、深刻な死や悲しみ、戦後の状況なども描く、そういう作品にしたいと思いました。文化間の対話も出てくる作品ですので、人と人との関わり、文化の中での関りも凄く大事なテーマになっています。
アート的な技法は、私たちが表現方法として何年もかけて、アートチームが作ってきたものです。これを手段として皆に届く作品にしていきたいと考えました。
この中で色というのは、メッセージを伝えるための大事な橋渡しになっています。こういうアーティスティックなものに慣れていない観客の人にもわかりやすく、メッセージを伝えてくれる媒体になっていると私は思います。出来るだけ広く伝わる作品にしたいと思いました。小さな作品にはしたくなかったです。

リアン:アートフィルム、独立系のインディペンデンスフィルムを作る目的は、感情を動かす、感動してもらうことなんです。ただ観て面白いものということではなく、観た人がただ「面白かった」で終わってしまうのではなく、まるで傷のように人の中に痕跡を残していく作品を作りたいと思って、作りました。その人に人生を変えてしまったり、その人の考え方を変えてしまうくらい、観た人の心に残る、一生残るような作品を作りたいと思っています。

『アメリと雨の物語』
3月20日(金・祝)
TOHOシネマズ 日比谷他全国公開
監督:マイリス・ヴァラード、リアン=チョー・ハン
原作:「チューブな形而上学」(アメリー・ノートン著)
音楽:福原まり 声の出演(日本語吹替版):永尾柚乃、花澤香菜、早見沙織、森川智之 2025年/フランス/フランス語・日本語/77分/カラー
配給:ファインフィルムズ 映倫:G 文部科学省特別選定(中学校生徒、高等学校
生徒、青年、成人、家庭向き)、文部科学省選定(小学校児童向き)東京都推奨映画
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、駐日ベルギー大使館
英題:Little Amélie or the Character of Rain
HP:littleamelie-movie.com
©️2025 Maybe Movies, Ikki Films, 2 Minutes, France 3 Cinéma, Puffin Pictures,
22D Music

伊藤さとり
映画パーソナリティ/心理カウンセラー。映画コメンテーターとしてTVやラジオ、WEB番組で映画紹介。映画舞台挨拶や記者会見のMCもハリウッドメジャーから日本映画まで幅広く担当する。
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