社会をやさしく描くカートゥーン・サルーンの最新作『パフィンの小さな島』監督インタビュー

ロレイン・ローダン助監督、ジェレミー・パーセル監督

アイルランドのスタジオジブリと言われている「カートゥーン・サルーン」。今までも良質なアニメーションを生み出し、『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』『ブレッドウィナー』『ウルフウォーカー』の4作品が、アカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされた実績を持つアニメーション・スタジオです。

そんなカートゥーン・サルーンが幼い子どもたちの為にTVシリーズを製作。それをもとにして、長編映画として新たに誕生したのが『パフィンの小さな島』です。この映画の対象年齢は、幼児から小学校低学年ぐらい。

今回は、本作のプロモーションで来日したジェレミー・パーセル監督と、ロレイン・ローダン助監督に、社会問題を取り入れながら美しいアニメ映画を作るカートゥーン・サルーンの信念や、『パフィンの小さな島』に込められた小学校生活についてなどお話を伺いました。(聞き手・伊藤さとり/写真・奥野和彦)

物語とビジュアルの“両輪”で紡ぐメッセージ

ーー カートゥーン・サルーンの作品は、子どもから大人まで幅広い年齢層で観ることが出来る作品だと思います。物語作りで特に意識している部分はどこですか。

ロレイン(助監督):カートゥーン・サルーンでは、物語作りと絵のデザインは車の両輪のように構成されています。美しいものでも人々が感動しなければ意味がないと思っています。両方について感じ取ってもらえることが大切だと思っているので、そこに気を使いながら作品を作っています。物語とデザインについては、全ての作品に関して言えることです。

ジェレミー(監督):私たちにとって物語作りは、常に考え続けなければいけないことです。どのようにすればテーマや感情、感動を観客に伝え続けることが出来るのか、わかりやすく観客に理解してもらえるようなストーリーを考えることを大事にしています。まずは脚本から始めますが、アニメーションやストーリーボード(絵コンテ)などの作業に進んでいっても、「ここはこうした方がいい」と感じれば、脚本作りに戻ってストーリーを書き直してもらい、私たちも絵を描き直すという作業を続けていきます。その行き来が制作過程となりますが、この作業はプロデューサーに大体、嫌がられますね(笑)

大人の責任として社会問題をやさしく伝える

ーー カートゥーン・サルーンの制作するアニメーションは、子どもに見せたいアニメーションでもあります。その理由は社会的に目を向けて欲しいテーマが詰まっているからだと思います。

ジェレミー(監督):もちろん気候変動などを幼い子どもでもわかりやすく、優しく重くない感じで知って欲しいと思っています。

例えば、『パフィンの小さな島』のぬいぐるみは、プラスチックをリサイクルした再生繊維によって作られています。それは再生資源についても広めたいと思っているからなんです。

ロレイン(助監督):ぬいぐるみについているタグには「2本半のペットボトルでこのぬいぐるみが作られた」と書かれています。私たち大人はこういったことを、子ども達に「伝えないといけない」という責任を持っていると思うんです。

ーー カートゥーン・サルーンの『ブレッドウィナー』もそうですが、難しいテーマを子どもに伝えることは本当に大変だと思います。

ロレイン(助監督):そうですね。ただ『ブレッドウィナー』の場合はもう少し年齢層を高めに設定した映画です。

今回の『パフィンの小さな島』の場合は、もっと優しく、年齢相応な形でこういうテーマを導入出来ないかと考えました。少し難しい話と思われるかもしれませんが、子どもたちは好奇心旺盛なので、少しのきっかけがあれば興味を持って入り込んでくれるのではないかと思いました。それに映画を観た子どもたちから、難しい質問をされることもあるんですよ。

ジェレミー(監督):僕たちが作る映画全般がそうですが、この映画の場合は、特に、映画を観てくれたお父さん、お母さんが登場するキャラクターを使って、社会問題について話し合うきっかけを子どもたちと作り、子どもの学びの場を作って欲しいと思っています。

”シェイプランゲージ”で表現するキャラクターデザイン

ーー 子どもたちが絵を描きたくなるようなビジュアルというか、可愛らしいデザインもカートゥーン・サルーン作品の特徴だと思います。キャラクター作りで意識していることを教えて下さい。

ロレイン(助監督):シンプルではあるけれども、単純化したものではないキャラクターをデザインしようと思っています。それを私たちは【シェイプランゲージ】と呼んでいます。

例えば、柔らかいもののデザインには、円が多く使われています。直角のもの、尖ったものは、厳しいイメージのものを描くのに使います。

キツネ(【フリン】)のキャラクターの見た目は、丸形と尖った形が混ざりあった造形となっています。このキャラクターは、ちょっと意地悪だけど、実は優しいという二面性を合わせもったティーンエイジャーのようなイメージを与えているのです。

ーー 面白いですね。心理学とイラストは切り離すことが出来ないと考えているのですね。

ロレイン(助監督):誰にでも自然に反応する感情というものがあると思います。色や形などは見た時に何かを感じると思うんです。この『パフィンの小さな島』の世界も、子どもたちに“安全と危険”を知って欲しいという願いを込めて作りました。物語の中には必ず葛籐が必要ですから、そこを表現するのは小さな子がターゲットとなると難しいところではありますが。

この映画を観た子どもたちが、親と一緒に安全な場所で様々な考えるべきことを語り合って欲しいと思っています。その理由は、友人同士だとどうしても絶対的な安心感が持てないので、十分な話し合いが出来ない場合があると思うからです。

映画に込められた“新しい世界と出会う力”

ーー 私が是非、親御さんと話し合って欲しいと思ったテーマが【イザベル】と【マーヴィン】の関係でした。

【マーヴィン】に対して良くない行動をとってしまった【イザベル】が、【マーヴィン】と仲直りしようと思って助けに行きます。あのエピソードはどんな思いで作られたのですか。

ジェレミー(監督):どの子どもも状況が変わると反応が変わります。この映画では新しく登場させたキャラクターにキンケイ(鳥)の【フェニックス】がいます。島を学校と考えた場合、【イザベル】もそうですが、特に【フェニックス】を通して、新しい学校に転校生として入って来たとき、子どもたちがどんな対応をするかを表現したかったんです。

【フェニックス】は冒険好きなので、すぐに新しい友達を作ることが出来ます。【イザベル】は物静かで自信がないところもあるし、フワッとしているのでサポートする存在が必要です。【マーヴィン】は非常に怖がりなので、すぐに逃げて隠れてしまいます。彼らはそれぞれ違う性格なので、同じ状況でも違う反応を示すことを体現しています。

ロレイン(助監督):【イザベル】についてあえて言いたいのは、彼女は強がりなので周りから「彼女は大丈夫なんじゃないか」と思われてしまうことです。実際の彼女は常に恐怖心を持っていて、その恐怖心から間違った判断をしてしまい、失敗をしてしまうんです。【イザベル】を通して、人は外見ではなく、裏側に「どういう人間が居るのか?」を、子どもたちには想像して欲しいと思っています。でもそれは社会経験が不足している子どもたちにとっては、難しいことかもしれません。ですから、子どもたちにとって、これは学ぶべき新しいことだと思います。

ーー 確かに映画に登場するキャラクターが学校の子どもたちに見えていました。キャラクターのリサーチはどのようにされたのですか。

ジェレミー(監督):様々なタイプの子どもたちにインタビューをしたりして、リサーチを行いました。

でもこの映画の制作中にトム・ムーア(カートゥーン・サルーン設立者で『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の監督)とミーティングをした時、「この映画を制作するには4年間が必要になる。その為には自分にとって思い入れがある作品にしないといけない」と彼に言われました。その時に思い出したのが、自分の両親が里子として育てた子どもたちのことでした。【イザベル】に対して“どこかで家族を失くしてしまったけれども、我が家に里子としてやって来た子たちと同じなんだ。新しい場所で生きようとしている子なんだ”と考えるようになりました。そうしたら【イザベル】というキャラクターが立ち上がって来たんです。このアイデアを私たちのクルーに話して、更に「6歳~7歳ぐらいの子どもが転校生として新しい環境に入るような状況だ」と伝えたんです。実は彼らの多くがアイルランドの外から来ていて、「カートゥーン・サルーン」という新しい環境の中で仕事を始めるにあたり、同じような感情や葛籐を経験していたので、すぐに理解してくれました。

ーー だから観客の私も【イザベル】の葛藤が細やかに読み取れたんですね。更に描かれている背景も素晴らしかったです。

ロレイン(助監督):映画のもととなったTVシリーズの時から、あの岩の雰囲気や見た目は確立していました。しかし、映画化するとなった時、もっと大きな世界を描きたいと思ったんです。でも島を大きくすることは出来ないので、島の中に洞窟を作ってみたり、あるいは島の反対側に今まで登場していなかった場所を新たに描き込んだりしてロケーションを増やしていきました。嵐の場面では、また違う背景の美術力を示すことが出来たのではないかと思っています。

ーー 劇中のトンガリ島はアイルランドにある世界遺産にも登録されているシュケリッグ・ヴィヒル(スケリッグ・マイケル)をモデルにされていると聞いています。実際にある島をファンタジーに取り入れる時に注意していること、大事にしていることを教えて下さい。

ジェレミー(監督):確かに事実に基づいて作られています。特に植物にはこだわっていて、草原であれば草原にある植物、沼地であれば沼地にある植物といったように、実際にその場所に存在する植物しか描いていません。また動物と植物の大きさ、スケール感も出来る限り忠実に再現するように努めました。

植物の描写をリアルにするためにアイルランド政府が発行しているブックレットも活用しています。そこには植物の生息地が記載されているんです。今作のアートディレクターも厳密に再現することにこだわっていて、現実とファンタジーの間に境目が無いように心がけていました。

ーー 観た人が世界を知るきっかけとなる映画作りをされているのですね。

ロレイン(助監督):私たちの作品は、外の世界に飛び出して発見するための入門であり、世界への招待状だと思って制作しています。お見せするのはほんの一部ですが、子どもたちにはまだまだ発見すべき大きな世界があるのです。

子どもにアート・アニメーションを届けるには

ーー 日本では漫画をアニメーションにした作品が凄く人気です。例えば『鬼滅の刃』などのアニメーションは大人気で、映画館には子供から大人まで多くの観客が詰め掛けます。
もちろん、それも素敵なことですが、子どもたちには少なくセリフと柔らかな映像で、世界のメッセージが潜んだアート・アニメーション(本作『パフィンの小さな島』、アカデミー賞長編アニメーション賞受賞のラトビア映画『Flow』他)も観て欲しいと思っています。どうすればアート・アニメーションを観てもらえるようになると思いますか。

ロレイン(助監督):そうですね。タイミングだと思います。子どものレベルとアニメーションのレベルが上手く一致した時に、大人が紹介していくことが大事だと思います。子どもたちも成長していくにつれて「自分が好きなアニメーションが変わっていく」と気づくはずです。子どもによってその成長タイミングは異なりますから、子どもひとりひとりを理解し、丁度良いタイミングで、年齢相応の作品を大人が紹介することが大切だと思います。なぜなら、誰もが同じではないからです。

ジェレミー(監督):私もそう思います。
私には妹がいるのですが、彼女が10歳か12歳ぐらいの時に、テレビで『バービー』シリーズばかり観ていたんです。そんな妹を見ていて、兄としては「どうなんだろう?」と思って『もののけ姫』(公開:1997年)を勧めたんです。『もののけ姫』を観た彼女はすっかり魅了されてしまい、その後、アニメーションの編集者になり、アニメーションの世界に足を踏み入れました。もちろん『もののけ姫』を観た後に、色々な漫画やアニメーションを観ていましたが、彼女自身を開拓するきっかけが『もののけ姫』だったのではないかとも思っています。つまり、1本の映画への愛が映画全体への愛を生むことにもなるし、その後の人生にも影響を与えることだってあるのです。

私たちの作品も多くの子どもたちにとって初めての映画になるかもしれません。そのことによって映画への感情の扉が開くかもしれません。そのような体験をして欲しいと思っています。

『パフィンの小さな島』
5月30日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:チャイルド・フィルム
© 2023 Puffin Rock and The New Friends 
公式サイト:Child-film.com/puffin
X:@cartoonsaloonjp

伊藤さとり

映画パーソナリティ/心理カウンセラー。映画コメンテーターとしてTVやラジオ、WEB番組で映画紹介。映画舞台挨拶や記者会見のMCもハリウッドメジャーから日本映画まで幅広く担当する。
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