「帰る場所がある安心感」上野樹里が語る命と絆の物語ーパフィンの小さな島

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014年)や『ウルフウォーカー』(2020年)などアカデミー賞長編アニメーション賞に4度ノミネートされた、アイルランドのアニメ・スタジオ「カートゥーン・サルーン」。今度は幼い子どもたちの為に鳥たちの物語『パフィンの小さな島』を製作しました。それは、世界遺産のスケリグ・マイケル島などのアイルランドの島からインスパイアされたトンガリ島を舞台に、絶滅危惧種に指定されている海鳥パフィンの女の子【ウーナ】を主人公にした、行方不明の卵を探すアドベンチャー作品です。
日本では親子で楽しめるように吹き替え版を製作し、5月30日から公開。
今回は主人公のママの吹き替えを担当する女優・上野樹里さんに、作品の魅力や子ども達に向けられたメッセージを紐解いてもらいます。(聞き手・伊藤さとり/写真・奥野和彦)

『パフィンの小さな島』上野樹里さんインタビュー

ーー まず、この企画のどんなところに興味を持ちましたか?

上野樹里さん(以下、上野):まず、このお話を作られているアイルランドのスタジオ、カートゥーン・サルーンの成り立ちに凄く魅力を感じました。大学時代のお友達3人が都会から外れたキルケニーという郊外の町にアニメーション・スタジオを構え、ある種不便な環境、不利な環境に自ら追い込んで、ビジネスが目的ではなく、「3人でやっていこう!」という意思のもと想像力というものを使い、色々とトライして、軌道に乗るまでは色々な苦労があるかもしれないけれど、それを覚悟したうえであえて郊外にアニメーション・スタジオを構えたという、その背景に興味を持ちました。そんなスタジオが作るアニメーションってどんなお話なんだろう?というのがありました。

ーー 確かにカートゥーン・サルーンの作品は、はっきりと個性があり素晴らしいですよね。そのスタジオの作品で、鳥の声というオファーにはどう思いましたか。

上野:普段、俳優業をやっていて、人間しか演じることが出来ない中で、鳥の声が出来る、鳥になれるのは少し楽しみでした。しかもママ鳥の役。私は、実際に子育てをしたことはありませんので、そういった意味で挑戦でした。

今回の役である絶滅危惧種の海鳥パフィン(ニシツノメドリ)の暮らしは、実際にドキュメンタリーのクルーとして行ったとしても、足を踏み入れる許可を得るのは相当、難しいところに生息しているので目で見るには困難です。そんな彼らの暮らしぶりをどんなふうに描いたのか?を映画で観てみたいという気持ちになりましたし、その気持ちは私を含め、観てくれるお客様も同じだと思います。

“ウーナのママ”が担う役割

ーー 実際に作品をご覧になっていかがでしたか。

上野:パフィンたちの暮らしはもちろんですが、色々な気候変動による環境問題にもメッセージを込めたアニメーションでしたね。登場する植物とかも実際にそこに生息している植物を忠実に再現しています。この時間にはこの花が咲いている、この花はこの時間には閉じているなど、生態系を忠実に表現しているんです。

そうやって背景を整えた上で、パフィンや子どもたちの心の成長物語をしっかり描いている点から、凄くちゃんとした物作りをされているという印象を持ちました。この映画はアニメーションの枠を越えている部分もあると思います。

ーー 細かい再現力がベースにあっての映画で、鳥の声を演じる上で難しかったことはなんですか。

上野:難しかったのは、皆、海鳥パフィンなので。見た目が似ていることです(笑)

最初、見分けがつかなくて、徐々にわかってくるのですが、誰の卵で、誰のお母さんなのかとかも境界線がなくって、皆がファミリーで、皆で生きているというチーム感があり、映画は群像劇のようでした。

声については、【ウーナのママ】を“どう表現しようか?”と考えました。誇張はしたくないし、ママ感を盛ってしまうとズレていってしまうようにも感じていました。子どもたちが主役で、子どもたちの目線で物語は進んでいきます。その子どもたちを子どもとして見る大人の視線ではなく、子どもたちを1人の人間として見る存在として表現しようと思いました。それに【ウーナのママ】は、厳しい環境下でリーダーになるしかなかった1人の女性です。でも彼女はリーダー感が強いイメージとも違うと思い、表現を少し控えめに、抑揚とかを少し控えて、ストーリーの中で馴染むママでありつつ、等身大のしっかりした女性像を親しみをもって伝えることが出来ればいいなと思って演じました。

それに、子どもたちの世界とパフィンの大人たち、そして観て下さっている観客、すべてを繫ぐのが【ウーナのママ】です。その流れを上手く繋げることが出来るかは【ウーナのママ】にかかっていると思うので、やりがいを感じていました。

ーー 【ウーナのママ】は、自分の子どもだけではなく、皆を見守る存在のようでしたね。

上野:そうなんです。【ウーナのママ】と【イザベル(エトピリカ)】の関係も印象深いです。

両親が仲間を呼びに行ってしまい、ポツンととり残された【イザベル】は、慣れない環境下で、唯一、卵だけが自分の存在意義を肯定させてくれるものだと思っています。そんな【イザベル】に対して、血の繋がりがない【ウーナのママ】が、一番、彼女を気にかけていたのではないかと思います。主人公は【ウーナ】ですが、実際のメッセージが込められているのは【イザベル】だと私は思っています。

そこがどんな場所でも、自分のおうちにするのよ

ーー 【ウーナのママ】の深い優しさで印象に残っているシーンはありますか。

上野:【ウーナのママ】のセリフにこんな言葉があります。

「(タンポポの綿毛は)風に飛ばされたら、どこにいくのか分からない。でも、どこか小さな場所を見つけて降りるのよ。そして地面に根を張るの。そこがどんな場所でも、自分のおうちにするのよ」

という言葉なんですが、凄く大事なテーマだと思います。

日本では養子は、まだまだ主流ではないですが、複雑な環境下で生きている子どもたち皆がちょっと安心出来るような、そんな母性みたいなものを、自分の我が子だけでなく【イザベル】のような存在にも愛を持って接するのが、【ウーナのママ】なんだと思います。

そういうキャラクターが居ないと、こんなにも不安定な環境下では皆がパニックになってしまうと思うんです。でも皆がパニックに陥らない様に、【ウーナのママ】が、協調性を持ってもらうように皆を動かしていきます。“勇敢な女性”という簡単な言葉では済まされない女性なので、観客の皆さんが好感を持て、お手本に出来ると思います。

ーー この映画の良いところは、子どもたち自身が自分たちの問題を解決しようとするところだと思います。特に【イザベル】が嫉妬から【マーヴィン(ユーラシアカワウソ)】に対して意地悪なことを言ってしまい、【マーヴィン】が逃げてしまいます。
きっと子どもたちが、この映画を観たらあのシーンに凄く興味を持つと思います。ちょっとした喧嘩を子どもたちはよく起こしてしまいますが、そんな時は、どうやって仲直りをすればいいと思いますか? 

上野:どうしたらいいですかね。

喧嘩したら1対1で向き合って話すしかないと思います。腹を割って話すことですね(笑)。時間を置かないで早いうちに話せば、きっと子どもなりに理解すると思います。自分自身に負い目があるなら、尚更、素直に話す。そうすれば絶対に分かってくれるから。

“相手が悪い”と思っていたら自分から話そうとは、思わないと思うんです。“自分が悪いんだ”と理解していて、変にツンケンしてしまっているのであれば、ちゃんと腹を割って話しをした方が「将来、良い大人になれるよ」と伝えたいです。そう思います。

ーー そう考えると謝って(マーヴィンを)追いかける【イザベル】は勇気があって偉いですね。

上野:それには理由があると思うんです。

【マーヴィン】はカワウソなので泳げますが、嵐の中、海に飛び込んで逃げちゃうので命に関わる問題です。【マーヴィン】には両親も兄弟もいなくてひとりなので、【イザベル】と実は同じ状況下なんです。ただ【マーヴィン】には【イザベル】と違って、ありったけの石という彼にとって大事な存在がありました。でも石には責任がないので、放り投げて捨てても問題ありません。暗い洞窟の中でひとりで暮らしていても、【マーヴィン】には石をコレクションするという楽しみがあって、好きなことをすることで何とか自分を保つことが出来ていたと思うんです。

だから、【イザベル】は、もしかしたら【マーヴィン】に自分と同じものを感じて、謝りたい気持ちと放っておけない気持ちがあったのかもしれません。

「帰る場所がある」という安心感って大事

ーー 映画を観ながら“どうやったら居場所を作ることが出来るのか?”と考えました。
子どもは新しいクラスに入ると居場所を求めて、友達を作ろうとしたり、反対に心を閉じてしまうこともあります。上野さんは、仕事場でどうやったら自分の居場所を作ることが出来ると思いますか。

上野:仕事をしていても、やはり「帰る場所がある」という安心感って大事だと思います。

世界が作ったシステムに合わなきゃと頑張りすぎて、自分の心をドンドン擦り減らしてしまうのは違うと思うんです。

学校に居場所がなくても家に居場所がある、家に居場所がない人は、学校や何処かに居場所があるなど、心の帰る場所、憩いの場、ホッと出来る場や安心できる仲間など、自分自身の心を大事に出来て、大事にしてくれる友達や家族がいるところが居場所だと思っています。小さなやり取りでもコミュニケーションを取る中で、居場所を感じることが出来たらいいなと思います。

ーー 人間も居場所があって生きていられるし、鳥たち同様、地球に同居しているんですよね。

上野:人間はどんどん進化していて、今はスマートフォンなどを利用して、ひとりで解決できた気になってしまったり、足を運ばなくても行った気分も味わえます。でも人間も地球でみんなと暮らしている仲間なんです。

今回の作品は鳥たちや島に暮らす動物にフォーカスした作品ですが、カートゥーン・サルーンの他の長編作品を観ると、植物や山、海など自然も生命体で、そこにも同じ生きる者として、人間よりも何千年と生きて来た者の知恵や感性があります。

学校などは人間が作ったシステムですが、同じように自然もずっと人間に食いつぶされていて、それでもずっと私たちに恵を与え続け、ずっとずっと育み続けてくれています。

その自然に対して人間は当たり前になってはいけないし、感謝を忘れてはいけないと思います。地球も共に生きていて、共に苦しんでいるんです。人間社会にいると“自分たちはなんて、苦しいんだろう”と思いがちですが、もっともっと視野を広げて考えると地球が一番苦しんでいる状況です。ニュージーランドのマウイ族は「マザー・アース(母なる地球)」と言いますが、地球は本当に偉大なる母みたいな存在だと思います。

小さな繋がりを皆が大事にしていけば、世の中は変わっていく

ーー 最後に、鳥や動物の子どもたちの心の成長を描いた『パフィンの小さな島』を通して、人が成長する上で大事なことはなんだと思いますか。

上野:そうですね。私は10代で母を亡くしていますが、だからこそ無知ゆえの冒険というか、冒険するしかなかったんです。社会についてしっかり教えてくれる大人がいない状況で芸能界に入って、【イザベル】のように大切な作品という卵を預かっても、どうしていいのか分からないという状態でした。

でも、卵(作品)がとても大切なものであることは理解しているので、この守り方が正しいのか分からないけど、気持ちだけはしっかりありました。私がここまでこの仕事で生き残ることが出来たように、強い気持ちがあればきっと大丈夫。

人間、間違うことは絶対にあるし、過ちを避けて通ることは出来ません。そういうことが起こった時にこそ人間力が出ると思うんです。そういう時の山をどう乗り越えていくのかが大事で、そこに仲間が居ればいいし、帰れる居場所があればいいと思います。

コミュニケーションは楽しいですよね。

例えば、誰かに疑われて噂が広がって、放っておいて「嫌われ者になって終わり」にせずに、向き合って、向き合って、向き合っていくから、また深く関係が築ける。この映画のように「大人たちが子どもたちに動かされていく」という壮大なお話になっていくのも、小さな繋がりを皆が大事にしていたからこそ、最後に大きな動きが出て来るのだと思います。人間社会も同じように小さな繋がりを皆が大事にしていけば、世の中は徐々に変わって行かざるを得なくなるのではと、私は思っています。

スタイリスト:古田千晶 Chiaki Furuta
ヘアメイク:清家いずみ IZUMI SEIKE

『パフィンの小さな島』
5月30日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:チャイルド・フィルム
© 2023 Puffin Rock and The New Friends 
公式サイト:Child-film.com/puffin
X:@cartoonsaloonjp

伊藤さとり

映画パーソナリティ/心理カウンセラー。映画コメンテーターとしてTVやラジオ、WEB番組で映画紹介。映画舞台挨拶や記者会見のMCもハリウッドメジャーから日本映画まで幅広く担当する。
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